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PROJECT STORY IKKのチャレンジ

PROJECT STORY 01 株式上場への挑戦 -100年先までお客様の感動を創り続けるために- PROJECT STORY 01 株式上場への挑戦 -100年先までお客様の感動を創り続けるために-
2010年7月に大阪証券取引所JASDAQへ、
2013年1月には東京証券取引市場第一部への上場を果たしたアイ・ケイ・ケイ。
厳しい条件をクリアした企業だけが認められる株式上場の資格。
それは、地方から出発したアイ・ケイ・ケイにとって大きなチャレンジだった。
上場準備の未経験者集団であったプロジェクトチームが、どのように全社員を導き、成し遂げたのか。
また、株式上場に込められた真の目的とは何か。
プロジェクトチーム主要メンバーの二人に話を聞いた。
KEY PERSONS
登田 朗
登田 朗
登田 朗
2005年入社。メガバンクに29年勤めた後、出身地である九州で働きたいとの思いから、アイ・ケイ・ケイへ中途入社。アイ・ケイ・ケイの株式上場に対する確かな信念、熱意を感じ、銀行からの出向を経て入社を決意した。銀行の経験が長かったため、入社当初、ウェディングプランナーが感性で働く姿を見て、とても感動を覚えたと穏やかに笑う。
森田 康寛
森田 康寛
森田 康寛
2004年入社。伊万里・鳥栖・富山でウェディングプロデューサーを経験後、本部へ。その後、金沢・富山で支配人を務めた後、2009年再び本部に移籍。謙虚で誠実な人柄の奥に、強い情熱と成長意欲を持つ。登田の息子ほどの年齢で、若くしてアイ・ケイ・ケイ株式上場の立役者となった。
CHAPTER 01 未経験者のみ。ゼロからのスタート CHAPTER 01 未経験者のみ。ゼロからのスタート

全くのゼロからのスタートだった。 2004年に結成された株式上場プロジェクトチーム。そのメンバーは、株式上場に関する知識がほぼ皆無だった。ウェディングの仕事しか経験がなかった20代半ばの森田はもちろん、銀行から出向できていた登田ですら、業務上、取引先である上場企業を数多く見てきたものの、株式上場の準備は未経験。いわば、素人集団といってもいい状況だった。

「まずは、それまで隙だらけだった社内体制をしっかりと整備し、社内規程をつくることから着手しました」
と、登田は当時を振り返る。
株式上場を果たすためには、会社が“組織的に”運営されるためのルールを規定し、そのルールが遵守されていなければならない。つまり“上場に値する信頼される会社”であることが証明されなければ、証券会社の厳しい審査をクリアすることはできないのだ。

登田を最も悩ませたのが、稟議を通すことなく現場で決裁が行われていたことだった。 「式場の追加工事が必要になったとき、その場にいた上司が口頭でオーケーを出せば業者に発注する、そんなことがあたり前のように行われていました」 ルールを破った人は始末書を提出するルールをつくっても、そのルールがまた破られるような状況にプロジェクトメンバーは頭を抱えていた。そんなとき彼らを支え、拠り所になったのはアイ・ケイ・ケイの経営理念だった。

「私たちが上場する目的とは何か。当社の経営理念であるお客様の感動のため、地域社会に貢献するために他なりません」
目的は上場ではなく、理念を実現すること。登田は現場の視点にたって、具体的に訴え続けた。

「個人情報をうっかり漏らしてしまう。そのわずかな気の緩みで、新郎新婦さんや親御さんがどれだけ傷つくか。私たちへの信頼を裏切ることにもなるんですよ」
上場企業としてどうあるべきか。次第に社員たちの理解が深まっていった。

CHAPTER 01 未経験者のみ。ゼロからのスタート

CHAPTER 02 100年企業をつくるための、足踏み。 CHAPTER 02 100年企業をつくるための、足踏み。

さらに理解・浸透への追い風になったのが、代表取締役の金子自身が率先してルールを守り、「コンプライアンス、これが今の会社の常識」と、社員に向けて伝え続けたこと。会社の精神的な支柱であるトップの行動に、社員の心がひとつになっていった。

順調に進んでいたかのように見えた株式上場準備。しかし、一度はそのチャンスを見送ることになる。上場にあたっての社内の問題点などは、パートナーである証券会社や監査法人へ正直に報告し、指導や要求にも誠実に耳を傾けた。社内体制整備の遅れや対応力不足があったことは否定できない。しかし、「全て言うとおりに従うわけにはいかなかった」と登田は言う。

CHAPTER 02 100年企業をつくるための、足踏み。

「現場が立ち行かなくなると思われる指導に対しては、首を縦に振ることはできませんでした」

株式上場を急ぐあまり、現場に過剰な混乱を生むことは避けたかった。上場が会社の成長を妨げては本末転倒だからだ。同時に、証券会社とアイ・ケイ・ケイの上場に対する考え方に、微妙なずれも感じていた。

「ウェディング事業を中心に、末永くお客さまや地域のお役に立てる100年企業を目指して行きたい」

登田は、上場チーム結成に際し、金子が発したこの言葉が忘れられなかった。何のための株式上場なのか。自問自答を繰り返しながら、登田はひとつの答えにたどり着く
「株式上場は、アイ・ケイ・ケイの未来を一身に担う重要なプロジェクトなのだ。しっかりと足場固めをした上で、プロジェクトの成功を確実なものにする必要がある」

登田は、代表の金子や他の主要役員とも議論を重ね、上場のタイミングを先送りする苦渋の決断をした。

CHAPTER 03 数百億、数千億を扱う投資家との交渉 CHAPTER 03 数百億、数千億を扱う投資家との交渉

IKKの上場を支えたもう一人の人物、入社3年目の森田。
現場の営業責任者を務めていた森田は、上場チームへの配属当初、現場への未練を捨てきれず、指示された仕事を卒なくこなすだけの日々を送っていた。

「現場に戻り、支配人をやらせてほしい」

人事担当者と顔を合わせるたび直訴し続け、ついに半年後にはいったんチームを離れ、支店の支配人を経験することになる。

「自分に課された責任が大きければ大きいほど、やりがいを感じる」

森田は、支配人としての重責を担い、充実した日々を送った。
支配人になって2年の月日が流れた頃、森田は再び上場チームへの人事異動を打診された。「会社全体の将来を担う上場プロジェクトは、一店舗の支配人とも違った大きなやりがいがあるはず」と尊敬する取締役から言葉をかけられた。

「現場を深く理解した今なら、自分の力を発揮できるかもしれない」

現場への未練は吹っ切れ、上場プロジェクトに取り組む覚悟が生まれた。

上場チームへ戻った森田。まずは知識不足を補うために、毎日始業前の2時間を知識の習得にあてた。それを1日も休むことなく続け、その上で、膨大な資料の作成、証券会社の上場審査、証券取引所の審査への対応など上場準備に全力を傾けた。

プロジェクトの最終段階では、株価算定のために1日に5-6社もの投資会社を廻る日々が続いた。上場する際の会社の価値が算定される重要な局面。数千億円規模の投資を行う投資会社を相手に、代表の金子と登田に混じって20代半ばの森田がアイ・ケイ・ケイについて熱いプレゼンテーションを展開した。会社の強み、業績、創業からの歴史、成長の軌跡、将来性。アイ・ケイ・ケイの魅力を明確なコーポレートストーリーとして伝えていく。

「現場のすべてを体感したことが、説得力ある言葉につながったと思います」

現場を知り、会社の歴史と今を知り、自分の言葉で未来を語る。上場という節目は、森田にとって経営者視点を養う絶好の機会になっていた。成長意欲にあふれる若々しい笑顔は、練達の投資家たちの目にも鮮やかに映ったに違いない。

CHAPTER 03 数百億、数千億を扱う投資家との交渉

CHAPTER 04 さらなるお客様の感動のために。上場はあくまでも手段。 CHAPTER 04 さらなるお客様の感動のために。上場はあくまでも手段。

「現場で働く社員の顔つきが変わってきた」

登田は上場直前の社内の様子を振り返る。
上場へ向けた社内整備が、労働環境や業務の質に大きな変化をもたらしていたのだ。労務時間を1分単位で管理したことは、現場の効率を上げることにつながった。役職に応じた仕事の権限を明確にしたことが、社員の迷いをなくしていった。

「現場の全員が、お客さまのために使う時間に集中できるようになった」

社員の絆は固く結ばれ、社内体制の変革に対する不安は微塵もなくなった。

そして、2010年7月。ついに大阪証券取引所JASDAQへ株式上場達成。さらに、1年半後の2012年1月には東京証券取引所市場第二部へ、翌2013年1月には東京証券取引所市場第一部への上場を果たす。

CHAPTER 04 さらなるお客様の感動のために。上場はあくまでも手段。

「念願だったパブリックカンパニーへの変革を成し遂げた瞬間でしたね。会社の株式上場は、会社の歴史の中で一度だけ。その重要な一歩に関われた喜びは計り知れません」

当時を思い出し、森田は目を輝かせる。

「チーム結成から5年以上の歳月をかけて成し遂げた株式上場。当初の予定よりも時間はかかったが、それが良かったのかもしれない」

登田の表情も晴れやかだ。そしてこう続ける。

「一人ひとりが持てる力、能力を発揮することで、上場企業としての地力が身についたし、会社全体の底上げができた。思い悩んだすべての時間は決して無駄ではなかったが、決してこれで十分ということはない。まだまだこれからです」

海外市場への挑戦―。次の目標へと自ずと心は向かうが、「株式上場はあくまで通過点であり手段」と話す二人。
1100年先まで、お客さまの感動を創りつづける企業へ。その理念を実現するためには、新規事業への絶え間ないチャレンジ、会社の成長が欠かせない。相応の資金も必要になる。理念は盤石な経営基盤と一体となって初めて成し遂げられるのだ。

上場によって得られた資金は、すでにいくつかの新規事業に充てられ、会社の成長を支える強固な礎となった。 今後、会社の利益は各ステークホルダーへと還元され、新たなパートナーを得ながら、さらなるチャレンジを生み出していくことだろう。

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